無汗性外胚葉形成不全

概念・定義

外胚葉形成不全症は毛髪、歯牙、爪、汗腺の形成不全を特徴とする遺伝性疾患である。主要な臨床徴候は、皮膚と付属器の形成不全及び特徴的顔貌であり、その症状は永続的で進行はしない。外胚葉形成不全症の代表的疾患である無汗(低汗)性外胚葉形成不全症は、1929年Weechにより初めて報告され、現在までに150~200を超える病型が記載されている。



病因

低(無)汗性外胚葉形成不全症は、X連鎖劣性、常染色体優性または常染色体劣性の遺伝形式を示す。

[X連鎖劣性遺伝性低汗性外胚葉形成不全症]

X連鎖劣性遺伝性の本症の責任遺伝子は、Xq12-q13.1に局在するectodysplasin A(EDA)である。現在までに、本症の原因として200種類以上のEDA遺伝子変異が報告されている。

[常染色体優性・劣性遺伝性低汗性外胚葉形成不全症]

常染色体遺伝性の本症は、2q13に局在するEDA receptor (EDAR;別名DL)遺伝子または1q42.3に局在するEDAR-associated death domain(EDARADD)遺伝子の変異によって発症する。現在までに、本症の原因として5種類のEDARADD遺伝子変異が同定されている。EDA-A1、EDARおよびEDARADDは、外胚葉の形成に重要なシグナル伝達系(EDARシグナル)の主要構成分子であり、いずれの遺伝子に変異が生じても同様の臨床像を呈するとみられる。



疫学

デンマークの統計では、無汗(低汗)性外胚葉形成不全症の有病率は10万出生あたり21.9、X-linked hypohidrotic ectodermal dysplasiaの有病率は10万出生あたり15.8と推定されている。11歳~18歳の間に診断されることが多い。

本邦における全国アンケート調査では推定患者数は約50-100人であり最低21家系が明らかになっている)。



臨床症状

本症は、外胚葉形成異常症の中でも最も頻度が高いとされており、1929年にWeech1)がHereditary ectodermal dysplasia of the anhidrotic typeと提唱した遺伝性疾患である。無汗(低汗)・疎毛・歯牙の低形成の3主徴を呈し、汗に関連する症状としては汗腺の欠如ないし低形成のため発汗の欠如または著しい低下をおこす。そのため体温調節障害が起こり高熱下でのうつ熱症状、熱中症などが繰り返し起き、知能発達遅延をきたす場合や、乳幼児などは死亡に至る場合もある。発汗の低下により皮膚は乾燥が強くアトピー性皮膚炎様を呈する。皮膚の乾燥から眼周囲の色素沈着や雛壁が幼少期からみられるなどの特徴的な顔貌を呈する。また唾液腺など粘膜分泌腺の低形成もあるため、肺炎などの易感染性、萎縮性鼻炎、角膜びらんなどの症状がみられる2)。

頭髪・腋毛・眉毛・睫毛・陰毛などの体毛は欠如または細く疎であり、歯牙は円錐状、杭状の切歯を伴う低形成や欠如などを認め、義歯の装着などが必要になることがしばしばである。広く突出した額、鼻が低く鞍鼻、耳介低位、口唇は厚く外反し下顎が突出する。患者は身体的機能の問題を持つと同時に、外観上・整容的な問題、社会的な活動の制限をもつため、心理的ケアを含めた診療体制や社会的な環境の整備の理解が求められる。



検査所見

病理組織学的には、表皮および真皮に著変はないが汗腺や脂腺を認めない所見がみられる。

温熱発汗試験:

 人工気象室や、簡易サウナ、電気毛布などを用いて加温により患者の体温を上昇させ発汗を促し、無汗部位を観察する.ミノール法、ラップフィルム法、アリザリン法などを用いると無汗部をより明瞭に評価できる。正常人では15分程度の加温により全身に発汗を認める。一方、無汗(低汗)性外胚葉形成不全症では、広範に無汗を認める。

サーモグラフィー:

 温熱発汗試験と併せて、サーモグラフィーを施行すると、発汗のない部位に一致して体温の上昇が認められる。

 また、各種検査のうち薬物性発汗試験・定量的軸索反射性発汗試験については現在保険適用がない。全身温熱発汗試験は保険適用がある。

診断の際の留意点

診断基準

Definite, Probableを対象とする。

A 出生時から無(低)汗である*。

 *ヨードデンプン反応を用いたミノール法などによる温熱発汗試験で黒色に変色しない領域もしくはサーモグラフィーによる高体温領域を確認する。

B  歯芽形成異常(欠損または低形成)、毛髪形成異常を伴う。

C 無汗(低汗)部皮膚における汗腺の欠如または低形成が証明される。

Definite: A+B+C

Probable: A+C

参考所見:特異な顔貌(前額突出、下口唇外反、耳介変形、色素沈着、低い鼻梁、鼻翼形成不全を伴う小鼻症)を伴うこともある。



治療

根治的な治療法はない。無汗症に対し夏場のうつ熱対策の工夫は重要である。何よりも周囲の病状に関する理解、そして暑い時期のクーリング対策、エアコン設置(学校・職場など)、暑熱環境(職場、屋外、入浴など)からの回避が必要である。

熱中症を発症したときには輸液投与などの対症療法が必要である。乾燥肌、アトピー性皮膚炎様症状を発症することもありスキンケア、ステロイド外用が必要である。また、歯牙発育障害の時には義歯の装着が必要である。

本症の診断は、2峰性で就学後に基幹病院で診断されるケースの他に、新生児期より不明熱の診断として確定診断にいたる。Probandがすでにおり、その同胞の場合には新生児期に診断される可能性が高くなる。新生児期に診断された場合の指導の骨子は以下の3つである。

体温管理:

新生児期には保育器の試用は禁忌である。室温や気温に注意し、衣類なども気を配り体温上昇に気を配る。特に高温の季節には注意する。幼児期以降は冷却ベスト、冷房装置による室温調節、濡らしたTシャツ、水をスプレー式に噴霧するボトルなどを用いるとよい。

歯の観察、虫歯のケア:

歯科的なケアは患者によってさまざまであり、単純修復から、人口補綴(ほてつ)まで様々である。唾液の減少より齲歯も発生しやすい。

喘息、アトピー性皮膚炎:

喘息は必発であり、アトピー性皮膚炎も頻度が高い。目のまわりの湿疹が遷延することが多い。



合併症

アトピー性皮膚炎、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、食物アレルギーなどのアレルギー疾患の合併が多い。



予後

汗に関連する症状としては汗腺の欠如ないし低形成のため発汗の欠如または著しい低下をおこす。乳幼児期には体温調節障害が起こり高熱下でのうつ熱症状、熱中症などが繰り返し起き、知能発達遅延をきたす場合や、乳幼児などは死亡に至る場合もある。しかし、成人になるとうつ熱を避ける努力をすれば予後は一般的に悪くない。



成人期以降の注意点

毛髪は全身的に疎で薄く、色が薄い。毛の性状は粗くねじれており、脆弱である。洗髪の際は髪に負担を与えないように、シャンプー等の洗剤を用いる場合はよく泡立てて用い、地肌をこすらず、十分時間をかけてすすぐようにする。

爪は肥厚と変色を伴い突出しながらのびることがある。爪は脆くなることもある。時に爪は欠損する。爪の成長は遅いことが多い。しかし切らずに放置すると、外的な刺激を受けやすくなり外傷につながるため日頃から爪切りやヤスリなどを用いた手入れを行う。爪上皮は易感染性のため、手を洗う際は留意する。

歯牙の発達異常(欠歯、円錐歯など)があり、歯牙エナメルも不完全である。うがいや歯磨きなど口腔内の清潔を保つよう指導する。口腔内乾燥症状は口腔内細菌叢に悪影響を及ぼし、齲歯の原因ともなりうる。口腔内保湿剤や人工唾液の使用も有用なことがある。摂食障害を防ぐためには早期に義歯等の対応が必要である。義歯の定期的な交換も摂食、顎骨の発達、そして美容的な観点から極めて重要である。

眼は涙液の減少に伴うドライアイは角膜障害や眼瞼炎のリスクになることから日頃の人工涙液による保湿を心がける。 萎縮性鼻炎に伴い鼻閉・悪臭を伴う鼻汁は生活の質に影響を及ぼすほか、摂食および呼吸器系の問題に発展する危険性がある。日頃から鼻洗浄など鼻粘膜を清潔に保つとよい。

エックリン汗腺の分布は疎か完全に欠失する。そのため発汗機能が著しく損なわれ、体温が適切に制御できないためうつ熱になる。うつ熱は痙攣など神経学的な異常を来すことがある。体温の上昇から多飲となり、多尿・夜尿につながることもある。そのため、夏場のうつ熱対策の工夫は重要である。何よりも周囲の病状に関する理解、そして暑い時期のクーリング対策、エアコン設置(学校・職場など)、暑熱環境(職場、屋外、入浴など)からの回避が必要である。汗の減少は皮膚の乾燥を生じ、皮膚炎の原因になりうる。皮膚が乾燥した際は適宜保湿外用薬等を用いるなどスキンケアを心がける。

引用元:無汗性外胚葉形成不全