肺胞低換気症候群

1. 肺胞低換気症候群とは

肺の働きは、空気中の酸素を取り入れ、体の中で産生された二酸化炭素を排出することです。健康な人が呼吸をする時には、延髄にある呼吸中枢(脳の中の一部です)から呼吸をしろという命令が出て、その結果横隔膜などの呼吸筋が働き、息を吸ったりはいたりができます。

一回の呼吸で吸う息の量を一回換気量といい、「一分間の呼吸数」×「一回換気量」が一分間当たり、どのくらい息を吸ったりはいたりしているかになります(「分時換気量」と言います)。分時換気量のうちガス交換に有効な肺まで到達し、酸素の取り込みと二酸化炭素の排出(ガス交換)に役立っている換気量が「 肺胞 換気量」です。この部分の肺胞には、身体の多くの組織で産生された二酸化炭素などを含む静脈血が流れこみ、体外に二酸化炭素が排出されます。

上気道(鼻、咽頭)、および気管および太い気管支の下気道の部分ではガス交換はなく、この部分は二酸化炭素の排出に役立たないので「死腔換気量」といいます。分時換気量から死腔換気量を差し引いたものが、肺胞換気量となり、二酸化炭素の排出を行います。この肺胞換気量が低下すると二酸化炭素の排出が少なくなり、動脈血中の二酸化炭素分圧が増加します。

この病気(肺胞低換気症候群)では、二つの種類(フェノタイプAとフェノタイプB)があります。フェノタイプAでは肺の構造は正常である(肺は壊れていない)にもかかわらず肺胞換気量が低下し、動脈血中の二酸化炭素分圧が高くなり、肺胞低換気になります。正常者では動脈血中の二酸化炭素の分圧は40 mmHgですが、この病気では少なくとも45 mmHgを超えてきます。肺の構造は正常であるので、肺活量などの肺機能検査では異常はありません。また、大きな呼吸を意識的に続けることにより、動脈血中の二酸化炭素分圧は正常値に近づきます。したがって、呼吸中枢の呼吸をしなさいという命令(呼吸ドライブ)が(特に夜間睡眠中に)少ないことが病気の原因と考えられます。

フェノタイプBでは肺活量の低下や、睡眠関連呼吸障害(睡眠時無呼吸を含む睡眠中の呼吸障害)が合併していますが、合併している疾患(例えば、通常の睡眠時無呼吸症候群)に比べて、動脈血中の二酸化炭素の分圧が異常に高い場合で、原因は不明ですが呼吸を調節する機能に異常がある方々です。

睡眠中にはさらに呼吸ドライブが健常人に比較して低下して、換気量が一段と低下するなどの呼吸異常があり、動脈血中の酸素分圧が低下します(フェノタイプAとBを鑑別する一つの方法に、ポリソムノグラフィー(PSG)という脳波、呼吸運動、血液中の酸素のパラメータなどを連続的に測定する夜間睡眠中の検査があります)。 呼吸ドライブを低下させるような鎮静剤・睡眠薬などは服用していないこと、換気量の低下する脳の病気、神経や筋肉の病気、肺の病気、睡眠時無呼吸症候群などがないことが診断基準となります。但し、肺の病気や睡眠中の呼吸異常があっても、通常のこれらの病気に比べて、動脈血中の二酸化炭素分圧が非常に高い時には、フェノタイプBの合併を考慮する必要があります。

2. この病気の患者さんはどのくらいいるのですか

難治性疾患政策研究事業の一つである呼吸不全調査研究班では、フェノタイプAと考えられる肺胞低換気症候群の詳細を平成9年度に全国調査しました。その結果、この病気の患者さんは日本では約40人程度と考えられています。フェノタイプBについては現在調査中ですが、指定難病としての医療補助対象は5,000名程度と考えられています。

3. この病気はどのような人に多いのですか

新生児、乳幼児で発見される遺伝子の関与が大きいと考えられる 先天性 中枢性低換気症候群よりも、やや軽症型と考えられるのが成人発症のフェノタイプAと考えられ、遺伝子異常の関与(頻度)は新生児、乳幼児ほど明らかでありません。高二酸化炭素や低酸素ガスを吸入すると、正常では換気量が増加しますが、この換気量の増加が乏しいあるいは消失している方がフェノタイプAと考えられます。

フェノタイプBでは、肺の病気や睡眠中の無呼吸を含む呼吸障害はありますが、さらに異常な高二酸化炭素血症になっているので、やはり呼吸を調節するシステムの異常が病気の原因として考えられます。しかし難病という名前のとおり、詳しいことは明らかではありません。

4. この病気の原因はわかっているのですか

新生児、乳幼児で発見される恐らくフェノタイプAと考えられる患者さんでは、遺伝子の関与も考えられていますが、成人では明らかでありません。このように特に成人の場合、病気の原因は不明ですが、体内で、動脈血中の二酸化炭素あるいは酸素の程度を正常に保つ呼吸調節系の異常が考えられています。

からだの二酸化炭素分圧の程度は、主に延髄にあると考えられる中枢化学受容野の化学受容体によってモニターされます。からだの低酸素の程度は、内頸動脈と外頸動脈の分岐部付近にある頸動脈体によってモニターされています。これらの刺激は呼吸中枢に伝達され、二酸化炭素が多ければ呼吸が刺激され、少なければ抑制されます。酸素に関しても、少なければ頸動脈体は刺激されます。肺胞低換気症候群の患者さんでは、低酸素ガス吸入による換気量の増加が少なく、また、高二酸化炭素吸入を行っても、換気量の増加が少なく、これら二酸化炭素あるいは酸素をモニターする機構、あるいは呼吸中枢に至る経路のどこかに障害があるものと考えられます。

5. この病気は遺伝するのですか

一般的には遺伝しないと考えられていますが、患者さんの数が少なく不明な点が多いのが現状です。

6. この病気ではどのような症状がおきますか

この病気の症状は、高二酸化炭素血症、低酸素血症などの血液ガスの異常の程度と関係します。異常の少ない初期には自覚症状が乏しく、通常は二酸化炭素分圧が高いだけでは自覚症状はほとんどありません。しかし病状が進み、さらに二酸化炭素分圧が高くなり、酸素分圧も低くなると体動時の呼吸困難、睡眠中に目覚めた時の息苦しさ、昼間の眠気などが出現し、さらに進むと 右心不全 による浮腫なども出現します。夜間、早朝に頭痛を訴えることもあります。胸部レントゲン写真の異常は少なく、肺機能検査も正常(フェノタイプA)であり、オキシメータによる経皮酸素飽和度(SpO2)の低下は、軽症の時には動脈血中の二酸化炭素分圧の上昇に比較して異常が軽度なので、動脈血採血により、動脈血中のガス分圧を調べないと診断がつかないことがしばしばあり、診断のつけにくい病気と言えます。なお、夜間の呼吸異常(低呼吸、無呼吸)は比較的に早期から見られます。

7. この病気にはどのような治療法がありますか

この病気では、呼吸する量(肺を出入りする呼吸の量)が少なくなり、結果として体で産生した二酸化炭素が充分に体外に出せなくなり、動脈血中の二酸化炭素分圧が高くなり、酸素分圧が減ります。この病気の治療法としては、呼吸を深くすることが必要で、通常鼻マスクあるいは鼻口マスクを用いて睡眠中に人工呼吸あるいは持続陽圧呼吸などの非侵襲的換気療法(マスク人工呼吸)をします。睡眠中を中心としてマスク人工呼吸を行うのは、この病気の方々は睡眠中の異常呼吸によって体で産生された二酸化炭素の排出が困難となり、夜間に体内で二酸化炭素分圧が高くなり、重炭酸イオンが増え、さらに呼吸ドライブが効かなくなるからです。病気が進行すると、徐々に起きているときの体内の二酸化炭素分圧が増加して、日中の酸素分圧も低下していきます。マスク人工呼吸が使用困難の方や、病気が 重篤 な方は、状況によっては気管切開をして人工呼吸を行いますが、通常はマスク人工呼吸を適切に使用することにより、日中は通常の生活ができる方も多いといわれています。

また、主な吸気筋である横隔膜を刺激する横隔膜ペーシングという方法があります。日本では令和元年9月1日に保険適用されました。マスク人工呼吸だけでは同時にともなう低酸素血症の改善が乏しい時には、酸素をマスク人工呼吸回路内に入れることもあります。また、日中の動脈血の二酸化炭素分圧の程度が大きな異常値を示さなくても、夜間睡眠中の血中の酸素分圧が異常に低値を示す方には、マスク人工呼吸を開始する前に 在宅酸素療法 を前もって行うこともあります。

呼吸を刺激する内服薬としては、プロゲステロン製剤(黄体ホルモン)、アセトゾラミドなどがありますが、保険適用はありません。

8. この病気はどういう経過をたどるのですか

フェノタイプAの患者さんでは、呼吸調節系以外の異常はないので、病気の初期の段階で発見するか、マスク人工呼吸により日中の動脈血中の二酸化炭素分圧を正常値近くまで戻せた患者さんの 予後 は悪くないと考えられます。フェノタイプBでは合併している疾患にも予後は左右されますが、一般的に治療前に比して動脈血中の二酸化炭素分圧を下げることが可能であれば、予後の改善が期待されます。しかしながら、マスク人工呼吸を中断したりしますと、急激に増悪して、予後が悪化することがあり注意が必要です。

9. この病気は日常生活でどのような注意が必要ですか

この病気であると診断され、治療の必要があり、マスク人工呼吸を開始された場合には、治療の中断は急激な増悪を招くことがあり、主治医から指導を受けた継続的な治療が必要です。治療開始前は軽症であっても、睡眠剤や鎮静剤の服用で睡眠中の呼吸異常が悪化して、急激に動脈血中の二酸化炭素が蓄積する可能性があり、注意が必要です。また、感冒などの軽度の感染や心不全などによって急激に病気が悪化することがあるので注意が必要です。

引用元:難病情報センター 低換気症候群